5月9日(土) 無一文ですが、パスモでまだ電車移動できたりなんかします・・・ウフフ。
遂にこの日が来たか・・・清志郎の告別式。
13:00〜という事で早めに行こうと思い部屋を出たのが10:00自転車で駅に向かいました。
ところが悲しい性、ついパチンコ屋に顔を出してしまい、うろうろと台を見て回ります。
『いけない、いけない、早く青山まで行かねば!』と心を鬼にして、顔見知りにも『打たないのか?』と言われましたが、もともと打つ金が無い・・・ので、いざ青山へ。
というわけで、結局12:30に乃木坂駅に到着いたしました。
地下鉄の駅の階段を上り、とにかく誘導のプラカード通りに進みます。
そして、斎場を右手にしつつ、骨董通り方向に進みました。
するとそこは、もう人人人・・・車道を挟んで青山墓地の歩道に赤坂方面を背にして斎場とは逆方向に並んでいる人々(僕のいる所)と骨董通りを背にして斎場に向かって並んでいる人々(僕よりかなり早く来た人たち)!!!!

午後の気温はわかりませんが、おそらく暑さがピークだったのではないでしょうか?
暑かったっす!
飲み物を買っておけばよかった・・・後悔。
初夏の日差しといえ、日なたは刺すような暑さ・・・木陰に入ると心地いいという感じでした。
が、列が動かない!日なたに止まるとまともに太陽光線!

見づらいですが、両側はびっしり人で埋め尽くされております。
皆さん、清志郎に一言お別れを言うために来ているのです。
年齢層は幅が広いですが、僕の見える範囲で観察すると50代〜40代が圧倒的ではないかと思われます。
中には小さい子供をつれた家族もいましたが、何しろ動かないこと2時間!

いい加減、立っているのも辛くなります。
ましてや一人なので時間がなかなか過ぎていきません。
日本人は、なんと言いましょうか?自分も含めて実にまじめだなぁ・・・。
と、感じました。何しろ文句をあまり言わない、列は乱さない、割り込みはしない。
感心しきりです。

しかし、時間はかかるし、暑いしで途中でリタイアする人も続出です。
ようやく僕のいるところが動き出したのが14:40ぐらいからでした。
ものすごい長い行列なので折り返し地点が見えません、どこまでも斎場から離れて列は進みます。
5万人ぐらいは楽にいるのではないでしょうか?(いい加減な見当で言ってます)

途中、たぶん車から行列を見学しながら運転していたのでしょう、タクシーに追突する車までありました。
この辺りからは順調に進んでいき、斎場までは30〜40分というところまで漕ぎ着けました。
もう足は棒です。
メールで友人に励まされました。
そして、遂に斎場が目の前に!
中からは清志郎の歌声が聞こえてまいります。

『皆様、本日は青山ロックンロールショーへようこそ!』
というアナウンスが流れております。
清志郎の最後のステージです。
気合を入れなおしました。
決して泣くまい!!
笑顔で『グッド・バイ!清志郎!!』と言おう!


この奥の建物に献花台があります。
まだ続く、人の波。
清志郎にお別れを言いたくて、集まった多くの人たち。
清志郎がこれだけ多くの人々に愛され、影響を与えていたことが嬉しくもあり、そしてこの世からいなくなってしまった悲しさがこみ上げてきました。
会場に流れる『トランジスタ・ラジオ』を聴きながら・・・。

中に入り、歩を進めると、清志郎が迎えてくれます。
『よぉ〜こそぉ〜!!よくきてくれた!!!』
いつものステージの始まりです!!!
さらに進んでまいります。
この奥のステージで清志郎がいつものようにシャウトしているはずです。

そこには素顔の清志郎がいました。
『みんなサンキュー!』と微笑んでました。

献花を受け取り、献花台へ。
手を合わせます、『ありがとう!』一言。
隣の女性が泣いてます。
僕も誓ったはずなのに目頭が熱くなってきました。

献花を済ませ、会場の外に出ると、帰れないファンがたくさんいました。
皆さん、次々と会場に流れる名曲を口ずさみ、清志郎に声援を送っています。
その人たちの脇をすり抜け、斎場を後にしました。
18:00少し前でした。
5月9日雨上がりの土曜日。
『こんな夜にお前に乗れないなんて〜』会場から流れる、清志郎の歌声が聞こえてます。
『こんな夜に発射できないなんて〜』
すごく開演を待たされたけど、すげぇーエキサイティングなステージでした。
昼間とは打って変わって、涼しい風を感じながら、地下鉄『乃木坂』駅に向かいました。
駅への会談を降りながら、つぶやいていました。
『グッド・バイ!清志郎!!』